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報道発表資料  2017年08月25日  生活文化局

〔別紙〕

平成29年度名誉都民候補者

有馬朗人(ありまあきと)氏

昭和5年9月13日生(87歳 世田谷区在住) 年齢は、平成29年10月1日現在
物理学者、元東京大学総長

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経歴

昭和5年 大阪府生まれ
昭和28年 東京大学理学部物理学科卒業
昭和50年 東京大学理学部教授
平成元年 東京大学総長
平成2年 天為俳句会主宰
平成5年 特殊法人理化学研究所理事長
平成10年 参議院議員、文部大臣
平成11年 科学技術庁長官兼務
平成12年 財団法人日本科学技術振興財団会長
平成16年 旭日大綬(じゅ)章
平成22年 文化勲章
平成29年 一般社団法人東京都俳句連盟会長

顕彰事由

氏は、長年にわたる原子核物理学の研究で優れた業績を残すとともに、俳人としても活躍し、都民・国民はもとより、世界の人々に日本人の感性や文化の魅力を伝えている。また、東京大学総長を務め、国政においては文部大臣として日本の教育振興に貢献した。
「ともかく努力せよ」をモットーとして、多方面にわたり活躍した氏の功績は多大であり、公共の福祉を増進し、学術の進展に寄与する姿は、広く都民が敬愛し、誇りとするところである。

候補者のコメント

名誉都民に御推挙いただきありがとうございます。私は、昭和5年、大阪市で生まれ、茨城県、神奈川県、静岡県と小学校、中学校時代あちこちを回った後、昭和22年より武蔵高等学校入学以来東京へ移りました。
それ以後、70年東京に住んでいます。もっともその間7年ほどシカゴ、ニューヨークなど、アメリカやヨーロッパで過ごしました。でも東京住まいが中心です。
東京都、そして日本のお役に立てればと念願しています。

猪谷千春(いがやちはる)氏

昭和6年5月20日生(86歳 中央区在住) 年齢は、平成29年10月1日現在
元スキー選手、国際オリンピック委員会名誉委員

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経歴

昭和 6年 北海道生まれ
昭和31年 第7回オリンピック冬季競技大会(コルチナ・ダンペッツオ)スキー回転競技銀メダル
昭和34年 AIU保険会社入社
昭和57年 国際オリンピック委員会委員
昭和63年 紫綬(じゅ)褒章
平成13年 AIU保険会社名誉会長
平成17年 国際オリンピック委員会副会長
平成24年 国際オリンピック委員会名誉委員
同年 一般財団法人東京都スキー連盟会長
平成26年 一般財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問
同年 特定非営利活動法人日本障害者スキー連盟会長

顕彰事由

氏は、第7回オリンピック冬季競技大会(コルチナ・ダンペッツオ)で銀メダルを獲得し、日本のスキー界の発展に尽力してきた。引退後は、民間企業に勤める傍ら、長きにわたり国際オリンピック委員会委員としてスポーツ振興に寄与した。
常に夢と目標を持ち、スポーツ界、ビジネス界いずれにおいても、自身の立てた目標をたゆまぬ努力によって実現させてきた氏の姿は、広く都民が敬愛し、誇りとするところである。

候補者のコメント

この度、東京都名誉都民に御推挙いただき、誠に光栄に存じます。
スキーに魅せられた猪谷家は、私が小さい頃から雪を求め転々と住居を変えてきましたが、大泉高校に入学した折、東京に移り住み、今は都内の中心地、日本橋に住み大都市の生活を楽しんでいます。
国際オリンピック委員会委員の私にとって最大の喜びは、住み慣れた東京に第32回オリンピック大会招致のお手伝いをさせていただき、実現した事でした。今は心より大会の成功を祈っています。

草間彌生(くさまやよい)氏

昭和4年3月22日生(88歳 新宿区在住) 年齢は、平成29年10月1日現在
前衛芸術家

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経歴

昭和4年 長野県生まれ
昭和27年 初個展「草間彌生 個展」
昭和32年 単身渡米、前衛芸術家として注目を集める
昭和48年 帰国、東京を拠点として活動する
平成5年 第45回ヴェネツィア・ビエンナーレに日本代表として参加
平成11年 東京都現代美術館で回顧展「草間彌生 ニューヨーク/東京」
平成18年 第18回高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)
平成23年 2年にわたり欧米4都市を巡回する回顧展を開始
平成28年 文化勲章
平成29年 国立新美術館で個展「草間彌生 わが永遠の魂」

顕彰事由

氏は、水玉や網目模様などを用いた独創的かつ個性的な作品を次々と発表し、世界中で大規模な個展を開催するなど、前衛芸術家として長年にわたって活躍している。
現在も革新的な芸術表現を求め、時代の最先端を走り続けている姿は、多くの人々を魅了するとともに、広く都民が敬愛し、誇りとするところである。

候補者のコメント

この度は東京都名誉都民に御推挙いただきまして、とても感激いたしました。
この皆様からの励ましをいただいて、今後も皆様の志に応えるべく、死ぬまで芸術に励んでいきたいと思っております。私は毎日朝から晩まで芸術の制作に命がけで闘っています。
私の芸術によって、世界中の人々に希望と感動と愛を与える事が出来ればそれに勝る喜びはありません。心からそう願っております。そして、その私の願いを永遠に受け継いでいって欲しい。
これまでの私の芸術の発展に力を貸してくださった多くの皆様に深く感謝しております。

黒柳徹子(くろやなぎてつこ)氏

昭和8年8月9日生(84歳 港区在住) 年齢は、平成29年10月1日現在
女優、ユニセフ親善大使

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※柳の正しい表記は木偏に夘です。

経歴

昭和8年 東京府(現東京都)生まれ
昭和28年 東洋音楽学校卒業
同年 NHK放送劇団に入団
昭和51年 「徹子の部屋」放送開始
昭和56年 「窓ぎわのトットちゃん」刊行
同年 「社会福祉法人トット基金」を設立、同理事長
昭和59年 ユニセフ(国際連合児童基金)親善大使
平成3年 東京都文化賞
平成14年 日本パンダ保護協会名誉会長
平成23年 「徹子の部屋」が「同一司会者によるトーク番組の最多放送」回数記録で、ギネス世界記録
平成27年 「徹子の部屋」がギネス世界記録更新
同年 文化功労者

顕彰事由

氏は、テレビ草創期から第一線で活躍し、人間的な魅力と類いまれな話術で幅広い世代に親しまれ、都民はもとより多くの国民に愛されている。
また、「社会福祉法人トット基金」を設立するとともに、ユニセフ親善大使を務めるなど、福祉活動や社会貢献活動にも精力的に取り組んでいる。
長きにわたり、幅広い分野で活躍する姿は、人々に希望や活力を与え、広く都民が敬愛し、誇りとするところである。

候補者のコメント

名誉都民に、ご推挙いただきまして、ありがとうございます。心から、嬉しく思います。
私が、通っていた小学校「トモエ学園」の小林校長先生が、生きてらしたら、「君、名誉都民に選ばれたんだってね。おめでとう!」と、喜んでくださったと思います。
先生が、私に教えてくれた「君は、本当は、いい子なんだよ。」「みんな、いっしょだよ。いっしょに、やるんだよ。」
この2つの大切な言葉を、大人になってからも、ずっと忘れずにきました。
これからも、世界中の子どもが、平和に暮らせますように、東京からお祈りします。

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