報道発表資料 [2015年4月掲載]

遺伝性パーキンソン病の発症を抑える仕組みの一端を解明

平成27年4月8日
科学技術振興機構(JST)
(公財)東京都医学総合研究所
福祉保健局

ポイント

  • パーキンソン病は、神経細胞が異常になって減少することで運動障害を生じる神経疾患。
  • 遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子(パーキン)が神経細胞を正常に保つ仕組みの一端を解明。
  • パーキンの変異による遺伝性パーキンソン病発症メカニズムの解明に寄与。

 JST戦略的創造研究推進事業において、東京都医学総合研究所の松田憲之プロジェクトリーダー(PL)らは、PINK1(以下、ピンクワンと記載)、Parkin(以下、パーキンと記載)、ユビキチン(注1)という3種類の分子が協調して働くことで、パーキンソン病の発症を抑える仕組みの一端を明らかにしました。
 パーキンソン病は日本国内に15万人を超える患者がいる難治性の神経の病気です。従来、品質の悪い(異常な)「ミトコンドリア」という小器官が神経細胞の中にたまると病気が発症すると考えられていました。しかし、その状況に至る理由が不明であり、異常なミトコンドリアが細胞の中にたまる原因と、その仕組みの理解が望まれていました。
 松田PLらは、ピンクワンやパーキンという遺伝子の変異によって発症するパーキンソン病(遺伝性パーキンソン病)を研究し、ピンクワン・パーキン・ユビキチンという3つの分子が、異常なミトコンドリアを細胞の中から取り除く仕組みを明らかにしました。この過程が機能しなくなると、パーキンソン病が発症すると予想されます。
 また、本研究は、「細胞の中でミトコンドリアの品質がどのように保たれるのか」という疑問を明らかにした点でも興味深く、遺伝性パーキンソン病が発症する仕組みの理解を飛躍的に進めるとともに、より一般的な孤発性パーキンソン病(注2)の発症原因についても重要なヒントを与えてくれるものです。
 本研究は、東京都医学総合研究所の田中啓二所長、尾勝圭研究員、徳島大学の小迫英尊教授らと共同で行ったものであり、2015年4月6日(米国東部時間)に英国科学誌「Journal of Cell Biology」のオンライン版に発表され、近日中に正式掲載されます。

 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業
研究領域:「生体における動的恒常性維持・変容機構の解明と制御」
(研究総括:春日雅人 国立国際医療研究センター 総長)
研究課題名:「ミトコンドリア恒常性維持機構の解明からパーキンソン病の本質に迫る」
研究者:松田憲之(東京都医学総合研究所 プロジェクトリーダー)
研究期間:平成26年10月〜平成30年3月

研究の背景と経緯

 パーキンソン病は、神経伝達物質であるドーパミンを産生する神経細胞が加速度的に減少することにより、安静時のふるえや歩行の障害、姿勢保持の障害、動作緩慢などの症状が生じる難治性の神経の病気です。近年、新薬や手術療法が開発され、症状を軽減することが可能になっていますが、そうした治療法が効果を示さずに「寝たきり」となってしまう患者も一定数います。パーキンソン病は日本国内だけで15万人を超える患者がいるといわれており、また高齢者ほど患者数が多く、65歳を超えると1%以上の人が罹患するといわれています。社会の高齢化が進むにつれて患者数は増え続けており、病気が発症する仕組みの解明と、根本的な治療法の確立が社会的に強く求められています。
 パーキンソン病にはいくつかのタイプがあり、複数の発症原因があると考えられています。このうち、ピンクワン(PINK1)やパーキン(Parkin)は、正常に機能しないと早発性劣性遺伝性パーキンソン病を発症するため、この病気の原因遺伝子といわれています。これまでの研究によって、この2つの遺伝子は、細胞内の異常なミトコンドリア(注3)を除去する機能を持つことが分かっています。細胞内に異常なミトコンドリアが生じると、ピンクワンがパーキンを活性化し、活性化パーキンが異常ミトコンドリアに移行し、そのミトコンドリア表面のたんぱく質に、分解を促す目印(ユビキチンが連なったユビキチン鎖)を付加します。その結果、異常ミトコンドリアが除去されると考えられています。
 2014年、松田PLらは、ピンクワンがユビキチンをリン酸化しており、このリン酸化ユビキチンこそがパーキンを活性化する因子であることを明らかにしました(Nature 2014年6月)。その半年後には、アメリカ・ハーバード大、イギリス・ケンブリッジ大学、順天堂大学が、関連した内容の論文を次々と報告しており、リン酸化ユビキチンとパーキンソン病という分野が国際的に注目され、激しい競争が始まっています。しかし、活性化パーキンが異常ミトコンドリアだけに移行する仕組みは不明なまま残されていました。
 今までも、いくつかの海外グループの研究により、移行に必要な分子候補が提唱されていましたが、どれも既存の研究成果と矛盾する部分があります。一方で、最近に順天堂大学から報告された研究は、今回の松田PLらの論文とほぼ同じ結論に至っていますが、特異的な抗体を用いたリン酸化ユビキチン鎖の局在解析や、生体内と同じタイプのリン酸化ユビキチン鎖を用いた実験などが望まれていました。つまり、パーキンの移行に必要な真の因子を同定し、移行の仕組みを完全に解明することが、パーキンソン病の発症過程を理解するうえで残された最後の謎といわれていました。

研究の内容

 松田PLらは、リン酸化ユビキチンが、パーキンの移行にも機能している可能性を考え、その仮説を検討しました。
 本研究の内容は以下の通りです。

  1. ピンクワン遺伝子を欠損させた培養細胞であるHeLa細胞に、ミトコンドリアに局在するように操作したユビキチン遺伝子の擬リン酸化型(注4)および非リン酸化型の2種類を導入し、パーキンの局在を調べました。その結果、擬リン酸化型ユビキチンを導入した細胞のみで、パーキンがミトコンドリアに局在しました(図1)。
  2. リン酸化ユビキチン鎖だけを認識する抗体を作製して、その細胞内の局在を顕微鏡で観察しました。その結果、リン酸化ユビキチン鎖はミトコンドリアが正常な細胞内には存在せず、異常なミトコンドリアに特異的に存在していることが分かりました(図2)。
  3. 次に、生体内と同じタイプのリン酸化ユビキチン鎖を、ミトコンドリアではなくリソソームに局在化するような実験操作を行って、パーキンの局在を調べました。リン酸化ユビキチン鎖をリソソームに局在化させると、その培養細胞においてのみ、パーキンがリソソームに局在しました(図3)。
  4. 試験管内でリン酸化したユビキチンを、同様に試験管内でリン酸化したパーキンと反応させ、パーキンが直接ユビキチンに結合するかどうかを調べたところ、確かにリン酸化ユビキチン鎖にのみパーキンが直接結合することが示されました(図4)。

 上記の細胞レベルの実験によって、培養細胞であるHeLa細胞において、リン酸化ユビキチンの形成する鎖(リン酸化ユビキチン鎖)がミトコンドリア上にパーキンを移行させる因子(受容体)であることを明らかにしました(図5)。

今後の展開

 本研究結果は、ユビキチンや受容体の常識からはかけ離れた予想外の発見ですが、これまで海外の研究グループから提唱されていた受容体の候補と異なり、既存の知見をうまく説明することができます。
 先行研究によって、遺伝性パーキンソン病の患者に由来するピンクワンはユビキチンをリン酸化できず、異常なミトコンドリア上のリン酸ユビキチン鎖も形成できないことが分かっています。今回の知見と合わせると、ピンクワンが異常になるとパーキンのミトコンドリアへの移行およびユビキチン鎖の形成もできず、異常なミトコンドリアが取り除かれずに神経細胞の中に蓄積し、その結果神経細胞が死ぬことでパーキンソン病が発症している可能性が強く示唆されます。
 今回の知見が、ヒトの神経細胞内でも起きているかどうか、またこの仕組みの破綻が孤発性のパーキンソン病の発症に寄与しているかどうかは、さらなる研究が必要です。しかし、長期的には、本現象をもとにパーキンソン病の病理解析ツールや診断マーカーの開発につながる可能性が考えられます。例えば、孤発性のパーキンソン病でも異常なミトコンドリアが蓄積していれば、リン酸化ユビキチン鎖もそこに存在すると予想されます。そこで、リン酸化ユビキチン鎖に由来する信号を質量分析装置や特異的な抗体で捉えることによって、放置するとパーキンソン病の発症につながるような“細胞内の異常ミトコンドリア”を高感度で検出して、将来的には病気の発症リスクの判断材料に用いることなどが期待できます。

参考図

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図1 ミトコンドリア局在ユビキチン鎖を導入した時のパーキンの局在変化

 左)ピンクワン欠損培養細胞のミトコンドリアに、変異のない普通のユビキチン鎖か、非リン酸化型、擬リン酸化型の変異を導入したユビキチン鎖を蓄積させた。蛍光顕微鏡画像は、緑色がパーキン、赤色がミトコンドリアを示す。画像を重ね合わせると、ミトコンドリアの位置にパーキンがある場合、黄色になる。重ね合わせ画像を比較すると、擬リン酸化型ユビキチン鎖を導入した細胞では、細胞質のパーキンが消失し、ミトコンドリアに移行していることが分かる(白線:10マイクロメートル)。
 右)パーキンがミトコンドリアに移行した細胞の数を計測して、培養細胞中におけるパーキン移行の割合を表した。擬リン酸化型ユビキチンを導入した場合のみ、有意にパーキンがミトコンドリアに移行した。

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図2 リン酸化ユビキチン鎖の細胞内局在

 培養細胞にユビキチン鎖を形成する遺伝子を導入した後、薬剤を用いてミトコンドリアに損傷を与えた。リン酸化ユビキチンを特異的に認識する抗体を作製し、薬剤処理した培養細胞と処理しない培養細胞とを染色した。蛍光顕微鏡画像は、緑色がリン酸化ユビキチン鎖、赤色がミトコンドリアを示す。画像を重ね合わせると、ミトコンドリアの位置にリン酸化ユビキチン鎖がある場合、黄色になる。重ね合わせ画像を比較すると、ミトコンドリアが異常になっている細胞のみ、リン酸化ユビキチン鎖がミトコンドリアに存在していることが分かる(白線:10マイクロメートル)。

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図3 リソソーム局在ユビキチンを導入した時のパーキンの局在変化

 培養細胞のリソソーム上に実際の生体内で形成されるのと同じタイプのリン酸化ユビキチン鎖を形成させて、パーキンの移行を観察した。
 リソソームにリン酸化ユビキチン鎖を局在させると、リソソーム(赤)にリン酸化ユビキチン鎖(青)、パーキン(緑)が局在していることを示す白点が数多く検出される(白線:10マイクロメートル)。

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図4 リン酸化されたパーキンは、リン酸化されたユビキチン鎖と結合する

 さまざまな種類のユビキチンに対して非リン酸化型もしくはリン酸化型パーキンを反応させ、プルダウン法(注5)により直接結合したかどうかを検証した。どのタイプのユビキチン鎖でも、リン酸化されていると、リン酸化パーキンに結合することが分かる。

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図5 今回明らかになったピンクワン・パーキン・ユビキチンによる異常ミトコンドリアの除去の仕組み

 培養細胞のHeLa細胞において、ユビキチン鎖が活性化パーキンの受容体となって、パーキンのミトコンドリアへの移行を促すことが明らかになった。

用語解説

注1)ユビキチン

 酵母からハエ・動物・ヒトまでが持つ小さなたんぱく質であり、細胞内でたんぱく質に結合して働く。たんぱく質に鎖状に複数連なることで分解する目印として働くことが、特によく知られている。

注2)孤発性パーキンソン病

 パーキンソン病のうち、特定の遺伝子の異常に由来しないと思われるもの。同じ家系(家族)中に複数のパーキンソン病の患者がいないことや、若年で発症しないことが、孤発性パーキンソン病かどうかの目安になる。環境や年齢など複数の要因が複雑に関与して発症に至ると考えられるが、発症原因はよく解っていない。

注3)ミトコンドリア

 細胞の中に数多く存在する細胞内小器官の1つ。生きていくために必要なエネルギー(ATP)を産生する。ミトコンドリアを正常に保つことは細胞にとって生死を分ける問題で、細胞はATPを産生できない異常なミトコンドリアを速やかに除去する仕組みを持つ。この「異常ミトコンドリア」を除去する仕組みを「ミトコンドリア品質管理」と呼び、ピンクワンやパーキンはその関連分子である。

注4)擬リン酸化型

 ユビキチンを構成する特定のアミノ酸のうち、リン酸化される場所のアミノ酸の種類を変えることで、リン酸化されたユビキチンと似た構造を取らせることができる。これを擬リン酸化型と呼ぶ。

注5)プルダウン法

 2つの物質が結合しているかを調べる実験法。担体といわれる物質にユビキチンの鎖を固定し、試験管の中でパーキンと反応させた後に、担体だけを反応液から回収する。この時、パーキンもユビキチンの鎖を固定した担体と一緒に回収されて、一方でユビキチンの鎖を固定していない担体ではパーキンが回収されなければ、パーキンとユビキチンの鎖が結合している証拠になる。

論文タイトル

“Phosphorylated ubiquitin chain is the genuine Parkin receptor”
(ピンクワンによってリン酸化されたユビキチン鎖がパーキンの真の受容体である)
doi: 10.1083/jcb.201410050

問い合わせ先
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<科学技術振興機構(JST)の事業に関すること>
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 ファクス 03-3222-2064
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